親に子供を叱る資格はあるのだろうか?
この親が子供を「叱る」というのは妥当なんだろうか?ということを私は子供の頃からずっと考えてて。 いま考えていることを書きます。
目次
何故叱る?
例えば小学生の子供が宿題をしてなくて、親がそのことについて叱ったとする。
「叱る」って行為はしばしば「怒る」って行為と混同されてしまいがちです。
ざっくりとしたイメージだと、「怒る」は感情に注意する、「叱る」は論理的に注意するぐらいだと思います。
子供の頃、母親からは怒られていました。最初は叱っているつもりだったのでしょうが、気分が乗ってくると楽しくなるんでしょうね、気分に任せて止まらなくなってしまい、同じことを何度も繰り返してくる。
宿題なんて結局のところ、子供自身の問題なわけですよね。勉強しないと授業が分からなくなるので学校がつまんなくなってしまう。そういう事態になって苦労するのは本人。本人が最終的に責任を負う。
だとすれば、問題は子供自身のもの。本人が「あー、宿題しないとヤバイ」と決心して行動しない限りどうしようもないし、親が強制したところで、本人はやる気ないんだから結局、子供の身にはつかない。
叱ってどうなる?
親が子供を叱るとか怒るのは、子供にとってはおそらく意味がなくて、あるのは親のほうなんだと思う。
子供にいうことを聞かせてコントロールしたいんだよね。子供から反抗されることを恐れている。反抗されないようにコントロールするのです。
ここで気持ちが折れた子供は、受け身で従順になり、いわゆるアダルトチルドレン化する。折れなかった子は反抗するようになる。
それって親が期待していた子供の姿なんでしょうかね?
子供にどうなって欲しいの?
子供には子供の人格があるわけで、親の思った通りになるわけがないんですよね。勝手に自分の期待を背負わせるからいかんのだ。
親は親の人生を全うすればいいのに、子供に期待するとか恥ずかしいと思わないのだろうか?自分の人生に真面目に取り組んでいたら、子供に期待する暇とかないと思います。
親の役目とは
叱るのはなくて、一緒になって出来るような手段を考えてみて試せばいいじゃないかと思うのです。
子供が宿題をすることは価値があるんだ、と気づかせるように誘導してあげればいいじゃない。
誘導して、あとは自分で宿題をやれるよう、手を離す。
助走を手伝えばいい。付き添いですね。
つまり子供が将来独り立ちできるよう準備してあげるのが親の役目だと思います。
まとめ
子供を「叱る」も「怒る」もやめて、方向を示したらあとは見守る。
親は自分の人生をちゃんと生きる。
そして子供を信じる。
そうなんじゃないかと思います。
なので私は娘に対して怒るより「やっちゃったな」「じゃあどうやれば同じことを繰り返さないだろう?一緒に考えよう」と話すようにしています。