ジジョロン

「そろそろ本気だす」といい始めてからが本番だ

娘が将棋指したがるの困ってる

※7月31日に書いています

正直、教えるの大変だわ。面白さに到達させるために辛抱強く付き合う力が私にはもうない。自分が親父を倒したのが小学3年生。今娘も小学3年。運命を感じる。

自分はどうやって覚えたのか…。ルールを親父から教わったあとは学校で友人と指したんだったっけかなー。当時は遊ぶゲームも限られていた、その中での将棋は比較的学校内でも登場する機会は多かったかもしれないね、今より。それに、自宅では父親や近所のおじさん、おじいさんなんかとも遊んでいたような。親戚のおじさんや親父の友人も遊んでくれたっけ。親父の会社の親友は私が中学生に上がったときに記念に、脚付きの将棋盤と駒をくれたんだよなあ。ありがたかったなあ…。

で、小学低学年の頃、入門書も何度も読み返したし、確か内藤国雄先生の本だったな。そっか。自習だな。基本は本を何度も読んだんだ。そのあと親父は将棋道場に連れて行ってくれたんだよな。まだあるかな。名前忘れたけど。確か歯科技工士で羽振りのいい人がやってたんだよな。ちょっとググっても出てこないな…。結構でかいうちの側にある2階建てでさ、階段を昇った2階に道場があった。囲碁が本当はメインだったのかも。双方あった気がする。

長距離トラックの運ちゃんが毎回いて、いつも指していたよなあ。そこにいる人ほぼ歳上だったのでずいぶん配慮してもらった気がするよ、今思い出したら。

あ。当時、真部九段のような挑発色男で妙に強いおじ様がいたなぁ。いつも他の高段者相手に駒落として勝ちまくってたなあ…。あと自称医者とかいううさんくさいおっさんとか。懐かしい。

いつも夜中に連れて行って貰ってたんだよな。あのころは中学生だったか。

親父が行き帰りの車の中で都はるみ「アンコ椿は恋の花」のテープがいつも流れていたことを思いだす。

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