亡き父が年賀状にいた
父親がなくなって3年になる。
死因は喉を詰まらせての窒息死だった。
定年退職後、やることがなくなってしまった父は、暇つぶしに昼間から酒を飲むようになったらしい。
仕事しているときは、自宅の庭の農園を管理したり、拡張して辺鄙な場所に畑まで購入して畑をしたりしていた。
が、仕事を辞めたら少し情熱がなくなったようだった。忙しい中に農作業をするのがよかったのだろうか。
農作業だけでは暇を潰せなくなった父は、陶芸、俳句、旅行、水彩画等、なんでも手を出してやってみては、半年足らずで止めてしまうのだった。
人間関係が面倒くさかったと。教わる立場が嫌だったみたいだ。なんだそれ。
職場では1番偉かったし、長かったからそうなってしまったのかな。
で、そのうち昼から酒を飲み始めてやめられなくなり、とうとうアルコール依存症へ。続いて認知症を発症。
40代に胃がんで胃を摘出してガリガリな父は自分で歩くことも排泄をコントロールすることも出来なくなってしまった。
思い通り身体が動かない父は、母に死ぬほど八つ当たりを繰り返した。耐えきれなくなった母はそれでも1年我慢し、結局施設にぶちこむことにしたのだった。
喉を詰まらせたのは施設内でのこと。トイレに行こうと自力で歩こうとしたら転倒して頭をぶつけて吐いて、それが喉に詰まって、施設の方が駆けつけたのときには意識もなく。
まあそんな幕引きだった。
父はなんていうのかな、大阪生まれでイラチ、おもろいことをいうのが大好きで、サービス精神が強かったんだけど、無駄に強面でブラックジョークを好むので、父のキャラを知らない人が聞いたら引くよなそれは、ってことを平気で言う人だった。
息子に本音はいわなかった。意識がしっかりしていた最後の年に1度だけ口論したときだけ。
昨夜、大量に貯まっていた年賀状をいい加減整理しないといけないなーと思って、年度別に整理していると、実家からの年賀状が出てきた。
それがまあ、両面びっしりと父の近況やポエムが詰まった年賀状だった。自慢だったノートPCで印刷したそのポエム、うぜえええええええってぐらいどうでもいい内容のものばかりだったけれど、それでも父なりにサービス精神を発揮して、面白おかしく元気な姿を伝えたかったのだろう。うざかったけど。
ボケないようにと思って、陶芸、水彩画、俳句なんかをはじめました。これで、安心だな!
と書かれていた年賀状を見るにつけ、人生ってのはままならないなと思ったし、あれ、俺もボケるのかな、と戦慄したよね。
娘に迷惑かけないように、酒に逃げないように気をつけないといかんですね。うん。